涼しくなるお話~子供の頃に遭遇したモノたち~

涼しい話1

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連日の酷暑が続く毎日です。
こんな日は、涼しくなるようなお話でもさせてください。
ただし、あくまでも実体験に基づいたお話なので、
たいして涼しくならなかったらごめんなさい。

夕方の神社で走る
これはまだ私が4歳になるかならないかの出来事です。
当時私は南東北のF県K市に住んでいました。
近所からほど近いところに小高い丘みたいなところがあり、
そこには小さな神社がありました。
この神社、昼間はからあまり人気がなく、建物も古くて
小さかった私にはあまり居心地の良いところではありませんでした。
更に夕方以降になるとその居心地の悪さは強化されます。
なのに、母と買い物に一緒に出掛け、
夕方になって、帰路に向かう途中、
その神社の近くを通ると決まって私に言うのです。
「あの神社を通って帰ろうよ。」
私は絶対嫌でしたが、母は何だか嬉しそうだったので従いました。
母にはどうやら見えないみたいです。
夕方になると時折現れる、全身黒づくめの人影が、
ものすごい速さで、神社とふもとの入り口を往復していることに。
そして、私たちに気づいたのか?影の動きが止まり、
まるでじっとこちらを見ているような形になっていることに。

文字通りの病魔
私は小さいころ、体が弱く、頻繁に高熱を出していました。
そして、高熱を出すときまってあるモノが見えていました。
ある時は、まるでブラックホールのような真っ黒な渦、
ある時は、家族の姿ではありますが、
かなりの暴言を吐いて、
幼かった私を泣かせる家族まがいのモノ。
ある時は昔の衣装をまとった、
しかし身なりがぼろぼろのモノ。
またある時は顔が真っ黒なモノ。
このように姿かたちは毎回異なりますが、
言うセリフは大体同じなのです。
そしてそれは高熱で尚且つ、
みぞおち辺りが気持ち悪いときに現れるのです。
「いい加減にしてさっさとこっち来いよ。〇んじまえ。」と。
それに対して「いやだ。いやだ。きえろ。」みたいな問答の繰り返しで、
私が強く言い放ち、そのモノが消えると、
快方にむかっていることが度々ありました。
小学校に進級し、「病魔」という言葉を知ると、
「なるほど。あれはビョウマだったのだ。」と納得しました。
でも、小学校に上がったころには、
その「ビョウマ」は高熱を出しても姿をあらわすことはなくなりました。

ひたすら泳ぐ黒い影
小学校低学年の頃に、家族で海水浴に行き、
民宿で一泊しました。
其のころは宮城県仙台市に住み、
仙台から仙石線に乗って、
「N」と言う地名の海水浴場に行きました。
そこは、
2011年の東日本大震災で、
甚大な被害を受けた場所の一つでもありました。
風光明媚な海岸でした。
県内では潮干狩りでも有名な場所で、
実際に、その数年後の小学4年生の遠足でも訪れた場所です。
ぼんやりと海を眺めていると、
突然高波が押し寄せ、よく見ると、
その高波の中を必死に泳ぐ黒い人型のようなモノが見えました。
次にまた目をやると何も見えず、
また風光明媚な海岸に戻っていました。
そして、その晩、実に怖い夢を見ました。
海から多くの黒いもの、
肌色ののっぺらぼうが波と共に陸に上がり、
陸に住んでいた人たちや家族を襲い、
海に連れていく内容でした。
一晩中、夢にうなされて、
明け方になりようやく目が覚めた時は、
横で家族が普通に寝ていたので、
ほっとしたのを覚えています。
もう、すぐにでも帰りたい心境で
楽しいはずの家族旅行なのに、
ひたすら怖いもので終わってしまい残念でした。



トイレにいたのはだあれ?
これは小学5年か小学6年生の時の事です。
恐らくは5年生であったと思います。
現在はW区にあるR小学校に通っていました。
それまで2階建ての木造校舎でしたが、
徐々に新校舎への建て替えが行われ、
私が小学5年生の時に、
初めて鉄筋の新校舎に移りました。
図書委員をしていた私は5時近くまで学校に残り、
もうすぐ5時で閉館の時間が迫り、
図書室にいた児童は殆どいなくなり、
図書室を閉める前に済まそうと、
図書室近くのトイレに行きました。
おそらくは9月頃だったと思います。
まだ明るく、
強烈な西日がトイレの中を照らしていました。
トイレには誰もいません。
私が個室に入り、ドアにカギをかけると、
レバーを引く音がして、
ジャーっと勢いよく水を流す音がしました。
私は思わず「え?」となりました。
だって、トイレには誰もいなかったのですから。
私は怖くなりながらも出ようとしました。
すると、トイレの出入り口のドアの開く音がして、
足音が聞こえ、個室のドアを勢いよく閉める音がしました。
其の一連の音を聞いて、
私はほっとして、
自分が入っていた個室のドアを開けて、また驚きました。
だって、そのトイレにいたのは私以外誰もいなかったから。
一連の音を出していたのは一体誰なのでしょうか?

背中を押して、手を引っ張って
トイレでの一連の不思議な事が起きて以来、
小さな不思議な事が起きていました。
何かにおされたり、引っ張られたり・・。、
大したことではなかったのでそのままにしておいたのですが
その後、危険を伴うある出来事が起こりました。
私が帰るべく、4階から階段を降りて、
一階の昇降口に向かう途中の出来事でした。
やはり、放課後の5時近くです。
階段を降りて、踊り場に出て、
再び、階段を降りようとした時です。
いきなり、どん!と背中を押されたような力を感じ、
そのまま下に落ちそうになりました。
このまま落下すれば、
大けがしてしまうような高さです。
「落ちる!イヤ」と思った瞬間に、
宙を泳いでいた左手首をぐいっとつかまれた感覚がして、
まるで何かに引っ張られるように、
そのまま猛ダッシュで階段を降りて、
気が付けば、階段の下にいました。
そして、
掴まれていたような感覚がした左手首がパッと軽くなりました。
後は普通に階段を降りていきました。
それ以来、
学校での「押される」「引っ張られる」といった感覚はなくなりました。

仙台の夜空
私が子供の頃、仙台の夜空は綺麗で星が見えました。
午後9時になり、
音楽が流れてネオンが消えると、
一段と星空が綺麗に見えます。
流れ星も見えるし、
ジグザクに動いたりとしていました。
そして、年齢が大きくなり、
「流星群」なるものを見て、
初めて流れ星の動きを知りました。
私が見ていたあの動きは一体何だったのでしょう??
それに流れ星って小さくて暗くて一瞬の動きなんですね・・。

物理的に怖い・床が陥没
中学生だったことの出来事です。
現在はA区にある、
女子はセーラー服の制服の公立中学校です。
まだ校舎は木造でした。
授業を受けていてしばらく経ったころ、
突然「バキッ!」「グワッ!」という音が後ろから聞こえ、
ほどなく一斉に教室中ざわめきました。
ほぼ真ん中の一番後ろに座っていた男子生徒の机が斜めになり、
椅子に座っていた男子も何だか低くなっていたからです。
そしてよく見ると、床が陥没し、
男子生徒が椅子ごと床にめり込んでしまっていたのでした。
幸い、浅かったので、男子生徒はほどなく自力で上がってきました。
その後、数カ所点検し、他にも陥没の危険性があると指摘され、
校舎建て替えの検討に入ったそうです。
今では勿論新校舎です。
新校舎と言っても、今では古びてしまいましたが・・。



病院のラップ音
私が中学2年生の頃、父の悪性脳腫瘍が再発し、
治る見込みがなく、手の施しようがなく、
終末医療として、父が勤務していた団体の附属の病院に転院しました。
その病院は、自宅と私が通う中学校の通学路上にあり、
よく学校帰りにその病院に寄っていました。
そして、いよいよ父の命があと数十日もつか・・という頃、
その病室である現象が起こり始めました。
それは長町にある専門の病院ですら起こらなかった現象でした。
父は個室にいましたが、
夜になると、部屋のどこからともなく音がしてくるのです。
キシキシと言う音から始まり、やがて大きくなり、
どんどんがちゃがちゃとうるさい程です。
私は、当初は普通に寝泊まりしている母に
「騒音だね。眠れないでしょ。」というと
母は、「特に聞こえない」というだけでした。
そして、私はこの音は聞こえる者とそうでない者がいることを悟りました。
そして、時々天井の隅から
もやもやと黒いものが出てくるのが見えました。
これも恐らくは母には見えないだろうと思いました。
聞くところによると、私がまだよく言葉を話せなかったころ、
部屋の隅を指さして泣いていたことが度々あったそうなのです。
だからこの黒いもやもやも見えるのは私と恐らくは父。
ちなみに、
私が小3の冬にこの病院の小児科病棟に入院したことがあったのですが、
その時には、特に何も起こらなかったのでした。
それから私は行ける時は、学校帰りでも病室に立ち寄って、
夜までいて、音と黒いもやもやが現れると
じっと睨んで心の中で「喝!」と念じて、
変なラップ音がおさまると急いで帰宅しました。

父のあいさつ
朝方に夢を見ました。
それは父が奇跡の完治をして退院した夢でした。
そのまま私と父は回復記念ということでレストランに行きました。
当時はバイキングスタイルのレストランはまだ行ったことがなく、
仙台に存在していたかもわかりませんでした。
でも、父は次から次へと料理をテーブルに運び、
私に食べるように促すのです。
思えば、私が小6の時に倒れて以来、食事制限をして、
この頃は、全く物が食べられずに、
体に管を通して流し込む食事スタイルでした。
だから、食べてほしいのは父の方なのに、
父は私に食べてほしい、自分はその姿を見たい、というのです。
テーブルいっぱいのごちそうで
「もう食べきれないよ。」というと
父はただ優しく笑うだけでした。
髪の毛も復活して短髪でも生えてきており、
目も両目しっかりと開いていました。
そこで、夢は終わり、
何故か私は寂しい気持ちになり登校しました。
そして、学校に連絡が入り、「危篤」の知らせが来て、
一旦持ちこたえたものの、その二日後の早朝に旅立ちました。
晴れて冷え込んだ冬の朝でした。
末期がんとは思えない程、
とても穏やかな表情で夢に出てきた笑顔の様でした。
朝日が父を照らし、
肌の色も綺麗で、一種の神々しさまで感じられました。
そして、その部屋の天井の隅は黒ずんではいませんでした。

「家に帰ろうね。」
そして、実際に姿は見えないけれど、いろんな音や現象が、
家の中で起こりました。
ではこの続きはまたの機会に。
実は今でも、たまに不思議なことに遭遇しています。
小さな小さなことですが・・・。
お読みくださりありがとうございました。

 

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