高齢な母の通院・病院付き添い実感~眼科へGO

「高齢な母の通院・病院付き添い実感~眼科へGO」のアイキャッチ画像

先日の事です。
80代の実家の母の通院付き添いとして眼科に行ってきました。

昨年末に目の不調を訴え、何でも「世の中、曲がって見える。下を向くのが怖い」との事で、その時下された診断が網膜前膜
手術するか否かの判断はまだつきかねない、との事で年明けに再度受診で予約を取りました。
母にとっては、人生初体験の事でかなりのショックを受け、
「もうだめだ」と思い込み、肉体的より精神的ダメージがかなり大きかったのでした。

それからは、姉と交代で、主に掃除などをしに、私にとっては、片道100分、往復で200分の実家通いを行い、
それぞれ、仕事と家庭を持つ身としては時間的負担がかかり、母も「お茶くらい」と引き留めるので
なんだかんだで1日はつぶれてしまいます。

そんな日々が一か月くらい続き、母の「世の中曲がって見える」生活も慣れてきたのか、精神的に落ち着きを取り戻した中での再受診。

クリニック(診療所)はほぼ年配者で激混みで待合室びっしりと所狭しと並べられた椅子でさえ、席取り合戦が繰り広げられるほどでした。

受付で「今日はどうなさいましたかぁ?」と聞かれ、母は「えーなんか、目が涙でくちゃくちゃするんですけど。目薬が欲しくて」
と、言って終了してしまったので私が前回の経緯を話し、着席したのでした。と
母は「そうだっけ?」としれっと言うので、私が付き添った訳を説明すると、母はようやく思い出したのでした。

診察の前に検査をするので、まずは検査として名前が順次呼ばれていくのですが、スタッフの声が、あまり大きくなく、しかも早口なので
耳の聞こえがあまり良くない高齢者にとっては、反応が遅かったりします。すると何度も名前を呼ばれてしまいます。
更に、椅子が待合室にぎっしりとあるので椅子の間隔が狭く、足腰の弱い方や杖をついている方は、
椅子や着席している他の患者さんにより手間取って、移動が遅くなり、その間せかされるように何度も名前を呼ばれるので、
申し訳なさそうに頭を下げて検査椅子に座る方や、
どの検査台に行けばいいのかわからず、きょろきょろする方が何人か見受けられました。

なので、母の名前が呼ばれた時は、私は挙手をして、スタッフには「今、向かいます」と言い、
荷物を一式持って母を目的の検査台まで誘導しました。
これで、せかされるように何度も名前を呼ばれることも、目的の検査台がわからなくなることも回避されました。

ちなみにこの眼科の暗黙のルールとして、席を立つときは、荷物を一式持ち、席を譲られければならないようです。

検査中に、母は「目薬さしてもらいたのですが」と訴えスタッフが「今日は目薬をささないのですが?」と説明しましたが、
母が言い張るので目薬をさしてもらい、診察の順番が後回しになりました。
後で理解したのですが、この場合の目薬をさす、というのは瞳を拡張する目薬で、更に、目薬の処置後、30分おいてから検査をしなければならず、検査のやり直しとなりました。
このため、瞳の拡張の目薬の処置を希望する人は一番先に目薬をさしてもらうのです。
1時間半待って診察となり、これまでの症状を私が時系列に詳しく話すと、医師は「じゃあ、ちがうわ」と言ってまたもや検査のやり直し。
でも母にとっては、私がいろいろと医師に訴えた事により、これで、医師に詳しく話してもよいのだと安心したとの事でした。

と、安心しているのは母だけで、現実的には、母の症状の検査では決して瞳拡張の目薬をしてはならず、
また最初から検査をしなければならず、実に3回目の検査となり、検査方法も異なりました。
幸いにも、その時、対応してくれたスタッフさんが優しい方で、母の話をよく聞いてくださり、すっかりリラックスした母は、
全く関係ない日常生活のことまで話しだし、それでもそのスタッフは頷いて聞いてくださいました。
まるで、カウンセリングの手法の一つである傾聴みたいに、です。

最初の診察から1時間近くたってようやくの再診察の結果では、上下斜視が追加されました。
検査上では、白内障及び網膜全膜の症状がみられるのですが、症状の訴えを鑑みると、上下斜視の方が強く出てる、との事で
またもや要経過観察とのことでした。

白内障及び網膜全膜の手術の緊急性は、瞳拡張の目薬をさしたとは言え、視力が1.2とかなり良いことから、全くなしとなりました。
色彩も天然色で見えていて問題もなく、次回に上下斜視の経過を診たうえで「プリズム眼鏡」を作るか検討するそうです。
視力の良さは30-40代前半とみられる眼鏡着用の検査スタッフからも「うらやましい」といわれるほどでした。

次回の予約を取り、お会計を済ませ、母が来院の受付時からずっと強く訴えていた「目薬」の処方せんも受け取りました。
そして、次回には決して瞳拡張の目薬をささないことを母に告げ、また付き添うことになりました。

そうなのです。
母がいう「目薬さしてもらいたいんですけど」とは、自宅でさす目薬が欲しかったのです。
最初の検査で名前を呼ばれてから3時間が経過し、クリニックは昼の休憩に入っていました。
私は、母の言いつけ通りに2階にある眼科の真下の1階にある薬局へ先に行って処方せんをだし、母を待っていました。
ところが、15分待っても母は来ずで、しばらく外を眺めていたら、母らしき人物が薬局を通り過ぎていくのが見えました。

母は、以前整形外科に行った際に、立ち寄った薬局へ行こうとしたそうで、そこは確かに地上1階にあるのですが、
眼科のすぐ下の1階ではなく、眼科及び私が行った薬局が入居しているビルを通り越して、左に2回曲がったところにあるみたいで
母曰く、そこが「眼科のすぐ下の薬局」なんだそうです。

薬局も付き添いが必要かしら?とため息をついてしまいました。

時刻が14時を15分強過ぎたころ、念願の目薬をもらい、本日のミッションはようやく終了しました。
遅めのお昼ご飯を食べに駅近にあるショッピングモールに行きました

お昼ご飯はハンバーグで普段「食欲ないのよね」とか「お肉は体に悪いのよ」と言い張っていた母ですが、
「お腹すいた。おいしい」とにこにこしながらほぼ完食し、その様子を見た私は「うん。まだまだ大丈夫」と確信したのでした。

昼食後、母の買い物に付き添いスーパーへ。
会計はセルフの自動なので、普段から行きつけで慣れているハズの母ですが、お財布を取り出す間もなく素早くレジ打ちをされ、
かごもポンとセルフの自動会計の台に置かれてしまい、そこは隣のレジの後ろであったため、私が先にその場所へ行き、
「ここだよ」と案内し、待機し、母がゆっくりと場所移動し、ようやく到着。
次に、やっぱり、お財布がカバンから中々取り出せず、あたふたしているうちに、50代後半と見受けられるレジスタッフの女性に、
「人が来ますからね。邪魔ですよ」と言われる始末。
うーん、こんなことは私が大手スーパーでレジをしていたころは絶対言わなかった言葉です。
迅速がモットーでしたが、高齢者には寄り添うように優しく丁寧に接し、荷物もサッカー台まで運び、「こちらです」と案内していました。
セルフの自動会計は高齢者には難しいですね。
レジもあらかじめ選択できれば良いのですが、案内の表示が見当たらず、並んだレジが自動会計レジでした。
次回にも同じような事を言われたら、「お客様の声」みたいなところに投書しようと思いました。

まっ、この日買い物したスーパーマーケットも大手なんですけど、ね。

この日、家に着いたのは18時近くで、学校から帰宅していた子供の第一声は「お腹すいた」でした。
宅配が来てから日にちがさほど経過しておらず、まだ冷蔵庫内には食材があったので、
すぐに夕飯作りに取り掛かることができました。

世の中の流れに従って、医療機関の診察の流れも迅速化していますが、高齢者にとってはそうした速さに躊躇してしまい、
遠慮する故に適応が難しくなり、症状もきちんと訴えきれないことが発生しがちです。

今回の事は、高齢者への接し方や寄り添い方に改めて勉強となり、自分の親に付き添える環境にあることに感謝をしたのでした。

いやぁ、それにしても疲れました( ;∀;)

まだまだ、先は続きますが。